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京都地方裁判所 昭和42年(行ウ)4号の2 判決

原告 横山義久

右訴訟代理人弁護士 高谷昌弘

同 柴田茲行

同 高田良爾

右訴訟復代理人弁護士 小林義和

被告 下京税務署長 毛利政男

被告 大阪国税局長 山内宏

右被告両名指定代理人 麻田正勝

〈ほか四名〉

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告下京税務署長(以下、被告税務署長という。)が原告に対して昭和四〇年一一月一日付でなした、原告の昭和三八年分、同三九年分の各所得税の総所得金額をそれぞれ金九八万四、〇〇〇円、金八九万三、九〇〇円と更正した処分のうち、それぞれ金二二万円、金二五万円を超える部分を取消す。

2  被告大阪国税局長(以下、被告国税局長という。)が、昭和四二年一月三一日付で原告に対してなした昭和三八年分、同三九年分の各所得税更正決定処分に対する審査請求についての裁決を取消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件更正処分及び裁決の経過

原告は木工業者であるが、確定申告期日に被告税務署長に対し、昭和三八年分、同三九年分(以下、本件係争年分という。)の各所得税総所得金額をそれぞれ別表一の(一)欄のとおり確定申告したところ、同被告は昭和四〇年一一月一日付で同表(三)欄の金額に更正する処分を行ない、その頃原告に通知した。申告所得金額による各算出税額は同表(二)欄の金額であり、更正所得金額による各算出税額は同表(四)欄の金額である。原告は、これを不服として昭和四〇年一一月二〇日同被告に対して異議の申立をしたところ、同四一年二月一〇日同被告は、これを棄却するとの決定をなし、その頃これを原告に通知した。原告は、さらにこれを不服として同年三月一〇日被告国税局長に対して審査請求をしたところ、同被告は同四二年一月三一日付で棄却する旨の裁決をした。

2  本件更正処分の違法事由

しかし、本件更正処分は、以下のとおり、その手続に違法があり、かつ所得を過大に認定したものであるから違法である。

(一) 原告は全国商工団体連合会(以下全商連という。)傘下の京都府商工団体連合会(いわゆる京都府民主商工会、以下京都府民商又は民商という。)の会員であるが、被告税務署長は、全商連の組織破壊を目的として、京都府民商の会員である原告の所得調査を行なって本件更正処分をなしたもので、同処分は憲法一四条、一九条、二一条一項、二五条、二九条に反し、違法である。

(二) 本件更正処分は違法な調査に基づくもので違法である。

すなわち、被告税務署長は、税務調査をなすに際し、原告に対し事前通知をせず、質問検査権の行使に際し、調査の具体的必要性、理由を開示せず、また、原告の同意を得ずにいわゆる反面調査を行なった違法がある。

(三) 被告税務署長は、原告に対する本件更正処分の通知書に、その理由を充分に付記しなかったばかりでなく、更正理由の開示請求にも応じなかった違法がある。

また、本訴においても、本件更正処分をなした理由につきなんらの主張、立証がないから、内容の当否を論ずるまでもなく本件更正処分は取消されるべきである。

(四) 原告の総所得金額は、別表一の(一)欄記載の金額であって、本件更正処分のうち右金額を超える部分は、原告の所得を過大に認定した違法がある。

3  本件裁決の違法事由

本件審査手続には、以下のとおり違法事由があるから、本件裁決も違法である。

(一) 原告は被告国税局長に対し、行政不服審査法(以下審査法という。)二二条に基づき、原処分庁である被告税務署長の弁明書副本の送付方を請求したところ、被告国税局長は、被告税務署長に対して弁明書の提出を要求していないから右請求に応じられない旨回答してきた。しかし、被告国税局長としては、審査請求が期間徒過による不適法な場合とか、審査請求を全部認容する場合など特別な事由がある場合以外は、被告税務署長に対して弁明書の提出を要求すべきであって、被告国税局長がこれをしなかったことは同法条に反し違法である。

(二) 被告国税局長が被告税務署長に対して弁明書の提出を要求しなかったため、原告は審査法二三条による右弁明書に対する反論書を提出する権利を違法に侵害された。

(三) 原告が、審査手続において審査法三三条二項に基づき被告国税局長に対し本件各更正処分の理由となった事実を証する書類の閲覧を請求したのに対し、同被告が原告に閲覧を許可したものは確定申告書、更正決定決議書、異議申立書、異議申立決定決議書のみで、その各書類の表題だけからも明らかなように、いずれも右各更正処分の理由となった事実を証明するものではなく、審査法三三条に規定する「書類」に該当しないものであることは明白である。本件各更正処分の理由となった事実を証明する書類は、いわゆる所得調査書であって、原告は同書類を閲覧することなくして有効適切な防禦を行なうことができないから、被告国税局長のなした右閲覧許可は違法な閲覧拒否と同一視されるべきである。

(四) 被告国税局長は、本件審査手続において、実質的審査はなんら行なわれないまま被告税務署長のなした前記の違法な更正処分をそのまま認容したもので、審理不尽の違法がある。

4  よって、本件更正処分及び本件裁決はいずれも違法であるから、その取消を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の(一)の事実のうち、原告が全商連傘下の京都府民商の会員であることは不知。被告税務署長が全商連の組織破壊工作を行なった事実はなく、また、原告が京都府民商の会員であることを理由に調査対象としたうえ、同人を差別しあるいは不利益な取扱いをしたという事実はない。

3  同(二)の主張は争う。

4  同(三)前段の事実は認めるが、それが違法であるとの主張及び後段の主張は争う。

5  同(四)は争う。

6  同3の(一)の事実のうち、原告が弁明書副本の送付方を請求したこと、被告国税局長が副本を送ることができない旨の回答をしたことは認めるが、その余は争う。

7  同(二)は争う。

8  同(三)の事実のうち、原告が被告国税局長に対し書類の閲覧を請求したこと、同被告が確定申告書、更正決定決議書、異議申立書、異議申立決定決議書の閲覧を許可したことは認めるが、その余は争う。

9  同(四)は争う。

三  被告税務署長の主張

1  税務調査をするにあたって事前に通知するか否かは課税庁の判断事項に属するものであり、質問検査権の行使に際し、調査の理由および必要性の個別的、具体的な告知が法律上の要件とされているわけでもなく、また、反面調査をする必要がある場合に事前に納税者の了解を得なければならないものではない。

したがって、本件更正処分の手続過程において違法が存しないことは勿論であるが、質問検査権の行使は更正処分の前提たる行政手続(行為)ないしは法律要件ということはできないから、仮に質問検査権の行使にあたって違法の問題が生じたとしても、その違法のために本件更正処分が取消されるべきものではない。

また、所得税の更正処分について理由付記を要するのは青色申告にかかる更正の場合だけであって、原告の場合はいわゆる白色申告者であるから、本件更正処分にあたって理由を付記しなかったことはなんら違法ではない。

なお、課税処分は、申告とあいまち客観的、抽象的に既に成立している租税債務を具体的に確定させる手続であるから、当該課税処分が適法であるか否かは当該処分において認定された租税債務が客観的に存在するか否かにかかる。したがって、被告税務署長が更正処分時にどのような調査をし、どのような資料に基づき、どのような認識判断をしたかということは、ひとつの歴史的な事実であって、それによって直ちに課税処分の適否が左右されるものではない。そして、訴訟において当該処分の認定した租税債務が客観的に存在することが認められれば当該処分は適法とされ、租税債務額よりも少ないことが認められれば当該処分はその限度で違法となる。そもそも税法が積極的に一定の手続要件を定めているのは青色申告書に記載された課税標準等を更正する場合の帳簿調査及びその場合の更正理由の付記だけであって、これ以外には手続的要件についての規定がなく、このことは現行税法自体が憲法の適正手続保障の見地からみても右の手続要件以外には課税処分の違法事由にならないとの立場をとっていることを示すものである。

2  原告の総所得金額の算定根拠

(一) 昭和三九年分

(1) 売上金額((イ)+(ロ)+(ハ)+(ニ))三二四万六〇四〇円

(イ) 都勝一       二一八万一五五〇円

(ロ) 大栄冷機株式会社    七万四九四〇円

(ハ) 富士高工業株式会社  二一万〇五〇〇円

(ニ) 諸口         七七万九〇五〇円

右のうち、「諸口」については、原告が大口売上先二、三社以外に小口の売上があると申立てたので、原告の取引銀行である京都銀行河原町支店の原告名義普通預金口座に入金されたもののうち、原告の大口売上先である都勝一、大栄冷機株式会社、富士高工業株式会社からの売上代金として入金されたものを差引き、さらに、原告の申立に基づき、売上でない借入金、利息等を除外した残額をもって小口売上と認定したものであり、その入金明細は別表二の昭和三九年分欄記載のとおりである。

右差引残額をもって小口売上と認定したのは、小切手入金が多く、原告の集金日である毎月六日の入金がかなりあり、また、被告税務署長が作成した小口売上の明細を原告に示して意見を求めたところ、原告は、右明細が売上に無関係であるとも述べず、さらに、その内容についても確認を求めたところ、異なるとの申し出もなかったことによるものである。なお、被告税務署長が右小口売上の事実を確認するため原告に対して質問しても、原告が帳簿書類を呈示せず、また、小口売上であるか否かの具体的な説明もしない状況下においては、妥当な認定方法といわざるを得ない。

(2) 原材料費 一四六万二八二九円

(3) 賃金((イ)+(ロ)+(ハ)) 四一万円

(イ) 横山敬次郎  二四万円

(ロ) 森田弥左衛門 一二万円

(ハ) 近藤末次郎   五万円

(4) その他の経費 三六万一二六〇円

(5) 事業所得金額((1)-(2)-(3)-(4)) 一〇一万一九五一円

(二) 昭和三八年分

(1) 売上金額((イ)+(ロ)+(ハ)) 三五五万四三三〇円

(イ) 都勝一      二〇五万六六一〇円

(ロ) 大栄冷機株式会社  八八万八一二〇円

(ハ) 諸口        六〇万九六〇〇円

右のうち「諸口」の算定方法は、前記昭和三九年分の「諸口」の算定方法と同様であり、その入金明細は別表二の同三八年分欄記載のとおりである。

(2) 必要経費 二四四万六四四六円

同年分の必要経費については、原告において記帳がされておらず、計算書の提出や、税務署員の質問に対する適切な応答もなかったので、原告の昭和三九年分所得金額の調査の結果判明した同年分の必要経費二二三万四〇八九円の同年分売上金額三二四万六〇四〇円に対する割合(経費率)を算出し、同三八年分の売上金額三五五万四三三〇円に右経費率を適用して次のとおり推計したものである。なお、原告の両年分の営業状況において、経費率を改めねばならない程の変化はなかったから、右推計方法には合理性があるといわなければならない。

経費率 2,234,089円÷3,246,040円=0.6883

必要経費 3,554,330円×0.6883=2,446,446円

(3) 事業所得金額((1)-(2)) 一一〇万七八八四円

四  被告国税局長の主張

1  審査法二二条一項は「審査庁は……相当の期間を定めて、弁明書の提出を求めることができる」と定めているが、右規定の形式、法律の趣旨を総合すれば、審査庁が処分庁に対して弁明書の提出を求めるか否かは、審査庁の自由裁量に属する事項であると解されるから、被告国税局長が弁明書の提出を求めることなくして審査請求に対する裁決をしたことは違法でない。さらに、国税に関する法律に基づく処分で、所得税にかかる審査請求の審理は、事案が大量に発生し、かつ、当該処分に対する不服が概して要件事実の認定にかかるものであるから、右審査請求について、被告税務署長から弁明書を徴取し、これを審査請求人に送付して同人からこれに対する反論書の提出を待ち、これらの書面を資料として審理するよりも、協議官が自ら進んで必要な調査を行ない、被告税務署長の関係職員及び審査請求人双方から口頭で意見を聴取する方が、はるかに迅速で適正な処理をはかることができ、この方法は、いわゆる書面による審理方式にくらべ、より一層不服審査制度の趣旨に合致する。したがって、被告国税局長が本件審査請求について弁明書の提出を求めなかったことは、裁量権の範囲を超えるものではなく、裁量権の濫用とはならない。

2  本件審査手続において、原告は処分の理由となった事実を証する書類の閲覧を請求したので、被告国税局長は、確定申告書、更正決定決議書、異議申立書、異議申立決定決議書の閲覧を許可したが、これに対して原告は、右各書類が処分の理由となった事実を証するものにあたらないので右閲覧許可は全く無に等しく閲覧拒否と同視されるべきであると主張する。これは被告税務署長が作成した所得調査書の閲覧を許可しなかったためであると思われるが、本件の場合、原告から閲覧請求のあった当時処分庁である被告税務署長から審査庁である被告国税局長に提出されていた書類は、被告国税局長が原告に閲覧を許可した前記書類のみで、所得調査書は含まれていなかったから、被告国税局長が原告の書類閲覧請求を拒否したことにはならない。

さらに、書類閲覧請求権は審査法三三条の規定に基づくが、右規定によれば処分庁がいかなる書類等を審査庁に提出するかは処分庁の裁量に委ねられており、審査請求人が閲覧を求めうるのは「処分庁から審査庁に提出された書類その他の物件」に限定され、審査請求人が審査庁に対し、処分庁から新たに書類等の提出を求めるよう請求できるものではない。とくに、本件の如く、国税に関する法律に基づく所得税の課税は、事案が大量かつ回帰的に発生し、また、継続的に要件事実を認定する必要上、処分庁は所得調査書を常に手許に保管していなければ円滑な税務行政の運営が期し難いため、審査手続においても所得調査書は処分庁に保管し、審査庁の審理担当協議官が処分庁に出向いて直接閲覧する方法をとっており、本件の場合も右の理由から所得調査書は審査庁に提出されなかったものである。

なお、右のとおり審査庁の審理担当協議官が直接所得調査書の閲覧をした場合、調査メモを作成し資料を収集していることもあるが、これらは審査庁において自ら収集した資料そのものであり、処分庁から提出された書類と同視することができず、右メモは審査法三三条の閲覧請求の対象となるものではない。

3  被告国税局長は、原告が被告税務署長の本件更正処分に対して昭和四一年三月一〇日に審査請求書を提出したので、担当協議官において審理にあたり、昭和四一年三月二八日原告から意見を聴取して検討し、得意先を調査して得た売上金及び銀行取引金額のうち売上代金と認められる金額を算定し、この中から調査によって得た原材料費、賃金、その他の経費(但し、昭和三八年分については、原告の昭和三九年分の経費率を適用して必要経費を算定。)を差引いて所得金額を算定した結果、いずれの年分も原処分を上回ったので棄却の裁決をなしたものであり、審理不尽の違法はない。

4  よって、本件審査手続になんらの瑕疵は存在せず、適法である。

五  被告らの主張に対する原告の認否及び反論

1  被告らの主張に対する認否

(一) 被告税務署長の主張1は争う。

(二) 同2の(一)、(1)の事実のうち、都勝一、大栄冷機株式会社、富士高工業株式会社に対する売上金額については認めるが、その余の事実は否認する。

(三) 同(2)の事実及び同(3)の事実のうち、森田弥左衛門、近藤末次郎に対する賃金支払額については認めるが、その余は否認する。

(四) 同(4)の事実は認める。同(5)の事実は否認する。

(五) 同(二)、(1)の事実のうち、都勝一、大栄冷機株式会社に対する売上金額については認めるが、その余の事実は否認する。

(六) 同(2)、(3)の事実は否認する。

(七) 被告国税局長の主張は全て争う。

2  被告税務署長の主張に対する原告の反論

(一) 本件更正処分は違法な調査に基づくもので違法である。

税務行政庁が税務調査をなすに際しては、被調査者に対して不意打ちとなり、事実上営業に支障をきたすことがないようにするため、事前にその日時等を通知すべきである。しかるに、本件の場合、被告税務署長は税務調査をなすに際し原告に対して事前通知をしなかったが、これは納税者の営業と生活を充分に尊重する民主的税務行政のあり方からすれば、右税務調査は違法といわなければならない。

また、税務調査の目的は、本来納税者の所得等の調査にあるから、納税者の同意を前提とすべく、したがって、納税者の同意なくして取引先、銀行等に対して反面調査を行なうことは許されない。しかるに、被告税務署長は、原告の同意なしに原告の取引先、銀行に対して反面調査を行なったものであるから、右調査は違法である。

さらに、所得税法上の質問検査権を行使するに際しては、調査の具体的必要性、理由の開示を要すると解すべきところ、被告税務署長は原告に対する各年分の所得調査に際し、原告の再三の要求にもかかわらず、調査の具体的必要性、理由を全く開示していないから、右調査は違法である。

右に述べたように、被告税務署長のなした税務調査が違法な場合には、更正処分の内容の当、不当を論ずるまでもなく更正処分は違法となり、取消されるべきである。

(二) 「諸口」を売上金額と認定したのは違法である。

被告税務署長は、京都銀行河原町支店における原告名義の本件係争年分の普通預金口座の入金状況を調査し、右全入金額から主な売上先からの入金分を除外したうえ、その残額から売上でないことが明白な分を除外した金額をもって小口の売上分と認定した旨主張する。そして、小口の売上分を売上金額と判断した根拠として、小切手による入金が多いこと、集金日である毎月六日に入金されていることをあげている。

しかし、同被告の右主張に理由がないことは以下に述べるとおりである。

まず、同被告は本件係争年分の全入金額がいくらであるかの主張立証を全くなさず、それゆえ、実際に各年分の全入金額を調査したかの点も疑問である。同被告としては「諸口」を売上金額と主張する以上、本件係争年分の全入金額の明細を明らかにすべきである。

さらに、同被告は売上でないことが明白な分を調査したと称するが、その金額及び明白に売上でない理由が明らかでない。同被告としては、「諸口」が売上金額であると主張する以上、金額、根拠を明らかにすべきである。

また、各年分とも小切手による入金だけでなく現金による入金もあるのであるから、小切手による入金がかなりあることを理由に同被告主張の小口売上をもって売上金額と判断したことは矛盾である。

そのほか、原告は本件係争年分のうち、売上の決済を約束手形か小切手で行なっており、現金取引は全くなかった。さらに、原告は昭和三八年五月二八日国民金融公庫から四〇万円を運転資金として借用し、本件係争年分当時、右金員を運転資金として支払日に多い目に預金から引き出して支払に充て、残金を再び預金するという方法で出し入れを行なっていた。それゆえ、小口売上の中に現金入金分をも含む同被告の主張は理由がない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  被告税務署長に対する請求について

1  原告は、被告税務署長が全商連の組織破壊を目的として本件更正処分を行なった旨主張するので、まずこの点につき判断する。

≪証拠省略≫を総合すれば、民商は中小業者の営業と生活を守ることを目的(税務行政の民主化要求をも含む。)として設立された民間団体であること、原告は昭和二七、八年頃下京民商に加入し、同三八、三九年当時は下京民商の理事、青年部長として活動していたこと、下京税務署の担当官(吉田某ら)は同四〇年六月二〇日すぎ頃から同年八月末までの間に原告方を六回にわたり税務調査のため訪れたが、うち三回は不在のため会えず、後の三回は多忙を理由に応対を拒否され、帳簿書類の呈示の要請も断られたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

原告は、原告のような小さいところに六回も調査にくること自体が弾圧であると供述するが、下京税務署の担当官が六回も原告方に足を運んだのは、原告が不在あるいは多忙を理由に応対を拒否し、帳簿書類の呈示をも断ったからであって、下京税務署の担当官としては、なんとかして原告の所得等の実額を把握しようとしたがためであると推認されるから、六回調査に赴いたことをもって、直ちに右調査及びそれに基づく本件更正決定が民商弾圧を目的としたものと断定することはできない。

また、≪証拠省略≫によれば、京都府民商の事務局長である川越俊夫は、昭和三八年五月頃、当時の木村国税庁長官が、民商は反税団体で三年間でつぶしてみせる旨述べたと供述し、また、国税当局は特別調査班を編成し、民商会員を中心に事後調査を進めて行くということが行なわれたと供述しているが、前者は、≪証拠省略≫の同供述によれば、右川越が直接聞いたものではなく、同長官がそのように述べたとの記事が載っていた新聞を読んだように思うし、また、民主商工会発行の機関紙に掲載されていたというのであって、それ自体伝聞に基づくものであり、発言の趣旨も甚だ不明確であって、直ちに採用できないし、後者についても、特別調査班の調査なるものの性質、実態が明確でなく、右供述をもって、直ちに民商弾圧がなされたということもできない。

そのほか、≪証拠省略≫中には、下京税務署員が民商会員の山下茂に対して民商を脱会するようすゝめたため、同人が脱会したとの供述部分があり、それを裏付けるものとして、山下作成の、民主商工会を脱会した旨記載した税務署長宛文書を提出しているが、右文書から直ちに右供述のように断定することはできず、右供述部分はたやすく採用できない。

以上のとおりであって、被告税務署長が民主商工会の破壊を目的として原告に対する調査及び本件更正決定をしたとの原告の主張は採用できない。

2  次に、原告は、本件更正処分が違法な調査に基づくものであることを理由に、右更正処分の取消を求めるので、右調査の適否につき判断する。

国税通則法二四条、所得税法二三四条一項は、税務職員が更正処分等一定の処分を行なうに際し税務調査としての質問検査をなしうる旨規定しているところ、右質問検査の細目については実定法上何んら規定されていないから、質問検査の範囲、程度、時期、場所等については、質問検査の必要性と相手方の私的利益との比較衡量において社会通念上相当と認められる範囲内である限り税務職員の合理的な選択に委ねられていると解すべきである。したがって、税務調査の日時、場所を被調査者に対して事前に通知せず、あるいは、納税者の同意なしにその取引先、銀行等に対していわゆる反面調査を実施し、さらに調査の具体的必要性、理由を被調査者に開示しなかったとしても、それらが社会通念上相当な範囲内において実施された場合には、適法な税務調査であるといわなければならない。

そこで、本件について検討すると、≪証拠省略≫によれば、下京税務署の担当官は昭和四〇年六月二〇日すぎから同年八月末までの間合計六回にわたり本件係争年分の所得税の調査のため、事前に通知することなく原告方を訪れたが、原告が留守のため面会できたのは三回位であったこと、右税務署員は原告と面会した際、原告に対して、昭和三八、三九年分の税金の件で来たと述べ、帳簿を見せるよう要求したこと、これに対して、原告は、当日は忙しいので応対できないことを理由に右税務署員の調査に応じなかったこと、右税務署員が最後に原告方を調査のために訪れた際、同税務署員は、銀行調査をさせてもらう旨述べて原告方を辞したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、右税務署員が原告方を訪れた際、本件係争年分の所得税確定申告調査の目的で来訪した旨告げ、帳簿書類の呈示を要求しているのであるから、一応の理由開示はなされており、また、右税務署員の数回にわたる帳簿書類の呈示要求あるいは質問に対して、原告が多忙を理由にこれを拒否し、全く協力しなかったため、原告の同意を得てはいないものの、原告に告げたうえで取引銀行等を反面調査したものであるから、これをもって直ちに社会通念上相当な限度を逸脱した調査とはいえず、さらに、原告に対して税務調査の日時等を予め通知しなかったとはいうものの、それ故に本件調査が社会通念上相当な限度を逸脱しているものとも認められない。

したがって、原告の右主張は理由がない。

3  原告は、本件更正処分の通知書に理由が付記されておらず、更正理由の開示要求に対して被告税務署長がこれに応じなかったことをもって違法であると主張するので、この点につき判断する。

≪証拠省略≫によれば、原告は本件係争年分の所得税確定申告につき青色申告書を提出する旨の承認を受けていない、いわゆる白色申告であったことが認められ、本件更正処分の通知書に処分理由が付記されていないことは当事者間に争いがない。そして所得税法四五条二項(本件係争年分当時施行のもの、以下同じ。)は青色申告について更正した場合にのみ、その通知書に理由を付記すべきものと規定し、白色申告について更正した場合には所得別の金額を付記するだけで足りるとしている(四四条二項)から、本件更正処分の通知書に理由が付記されていなくてもそれだけで右更正処分が違法となるものではない。

すなわち、右法条の趣旨は、一方、多量の事案を比較的短期間で処理しなければならない更正処分について、すべて処分理由の付記を要求することは課税の能率、徴税事務の円滑等の見地から不適切であることを考慮し、他方、帳簿備付、記帳、確定申告における明細書添付等の義務を負う青色申告者を優遇し、青色申告の普及を促進する点をも考慮した結果、更正処分の際の理由付記を青色申告に限定して要求したものと解するのが相当である。

したがって、白色申告に対する更正処分に理由を付記しないことはなんら違法ではなく、また、被告税務署長が右更正処分の理由を開示すべき義務もないといわなければならないので、この点についての原告の主張も理由がない。

なお、被告税務署長が、本件更正処分の理由につて、本訴においてもその主張、立証をしていないことは一件記録上明らかであるが、本件訴訟の対象は課税標準、税額の存否であり、更正処分時のそれに限定されるべきものではないから、内容の当否の判断をなすまでもなく本件更正処分は取消されるべきであるとの原告の主張は採用しない。

もっとも、全く調査や審査もしない、いわゆる見込課税の場合には、課税権の濫用となる余地があるが、本件ではそのような事情を窺わせるに足りる資料はない。

4  さらに、原告は、本件更正処分のうち、総所得金額が別表一の(一)欄記載の金額を超える部分は、被告税務署長の過大認定であって違法である旨主張するので、以下この点について判断する。

(一)  まず、昭和三九年分の更正処分の適否につき検討する。

(1) 売上金額について

都勝一、大栄冷機株式会社、富士高工業株式会社に対する売上がそれぞれ、二一八万一五五〇円、七万四九四〇円、二一万〇五〇〇円であることは原告と被告税務署長との間において争いがない。

そこで「諸口」について検討する。

≪証拠省略≫を総合すると、原告は取引先から売上金として得た現金や小切手を京都銀行河原町支店における原告名義の普通預金口座に入金していたこと、右普通預金口座のうち、昭和三八年、同三九年分の全入金額からその内容が明確になっている大口の売上先(都勝一ら)よりの入金分及び原告の申出により売上による入金でないと判明した分(借入金など)を除外すると別表二のとおりの分だけが残されたこと、本件更正処分の審査請求の審理をした大阪国税局の担当協議官は、原告から小口の売上があるとの申立をうけていたので、その内容を確定すべく、別表二と同内容のメモを作成し、原告持参の普通預金通帳と照合した際、小口の売上分として間違いないかを確かめたところ、原告は異論を述べなかったこと、以上の各事実が認められ、≪証拠省略≫中、右普通預金の入金の中に小切手を現金化して入金した分があるとか、借入金を一部引出して再預金した分が含まれている旨の供述部分は、税務調査の段階で全くその旨の弁明をしていないことに照らし、にわかに信用できない。

そして、右認定の各事実によれば、別表二に記載のものは、いずれも原告が小口の売上により得たものであると推認するのが相当である。

したがって、昭和三九年分の小口売上(諸口)が七七万九〇五〇円であるとの被告税務署長の主張は正当である。

(2) 原材料費について

原材料費が一四六万二八二九円であることは原告と被告税務署長との間において争いがない。

(3) 賃金について

原告が森田弥左衛門に対して一二万円、近藤末次郎に対して五万円の賃金を支払ったことは原告と被告税務署長との間において争いがない。

そこで横山敬次郎の分について判断する。

≪証拠省略≫によれば、原告は昭和三九年分所得税の確定申告書中において、雇人費として横山に対し二四万円を支払った旨記載しており、右事実と≪証拠省略≫を総合すると、原告は昭和三九年において横山敬次郎に対して二四万円の賃金を支払った(二四万円しか支払っていない)ものと認められる。

したがって、賃金合計額は被告税務署長の主張どおり四一万円であると認められる。

(4) その他の経費について

その他の経費が三六万一二六〇円であることは原告と被告税務署長との間において争いがない。

(5) 事業所得金額について

以上によれば、原告の事業所得金額は一〇一万一九五一円となり、被告税務署長の昭和三九年分の更正処分は、右金額の限度内の所得金額を前提とするものであるから、違法ではない。

(二)  次に、昭和三八年分の更正処分の適否につき検討する。

(1) 売上金額について

都勝一、大栄冷機株式会社に対する売上がそれぞれ、二〇五万六六一〇円、八八万八一二〇円であることは原告と被告税務署長との間において争いがない。

さらに「諸口」については、昭和三九年分の「諸口」について先に判断したのと同様の理由により別表二の昭和三八年分欄の合計額六〇万九六〇〇円をもって正当と解すべきである。

(2) 必要経費について

被告税務署長は原告の昭和三九年分における経費率に同三八年分の売上金額を適用して同年分の必要経費を推計により算出した旨主張するので右推計の適否につき検討する。

被告税務署長は、昭和三八年分の一般経費を推計によって算出し、これに基づいて同年分の更正処分の適法性を主張しているところ、およそ、所得課税は可能な限り実額によるべきものであるから、推計による課税は納税者が信頼できる帳簿等を備えておらず、課税庁の調査に対して非協力的な態度をとるなどのため、課税庁において所得の実額を把握できないときに、はじめて許容されるものといわなければならない。

これを本件についてみるに、≪証拠省略≫によれば、被告税務署長の担当官は昭和四〇年六月二〇日すぎ頃から同年八月末までの間に原告方を六回にわたり税務調査に訪れたが、原告不在のため同人と実際に面会できたのは三回であったこと、右担当官は原告と面会した際、帳簿の呈示を求めたところ、原告は仕事が忙しいので応対できないと述べ、結局具体的な税務調査には応じなかったこと、右担当官が税務調査のため原告方を訪れたところ、原告が不在で原告の父が応対に出た際、同人は右担当官に対して、職人に帳面をつけろと言っても無理だと述べたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告は被告税務署長の担当官の税務調査に対して、仕事が忙しいことを理由に全く協力していないことが明らかであるから、原告の一般経費を認定するための有力な資料となる帳簿書類の呈示が、原告によって正当な理由もなく拒否され、他に一般経費の実額を把握するに足りる資料の存しない本件において、被告税務署長が推計により原告の昭和三八年分の必要経費を算出したことは適法であるといわなければならない。

さらに、推計課税が適法であるためには、推計の必要性のほかに採用した推計方法自体に合理性があり、推計の基礎とした事実の選択が事案にとって適切であること、すなわち、推計の合理性を必要とするものであるところ、≪証拠省略≫によるも昭和三八年分と同三九年分の営業状況において売上金額に対する必要経費の割合(経費率)を修正しなければならないほどの変化は認められないから、原告において右推計方法の合理性を上回る適正な方法あるいは経費の実額を反証として提出していない本件にあっては、被告税務署長の採った前記推計方法には合理性があるというべきである。

そうすると、昭和三九年分の必要経費が二二三万四〇八九円、売上金額が三二四万六〇四〇円であることは前記認定のとおりであるから、これによって同年分の経費率を算定し、右経費率に前記認定の昭和三八年分の売上金額を適用すると、昭和三八年分の必要経費は以下のとおり二四四万六四四六円となる。

2,234,089円÷3,246,040円=0.6883(昭和38年分の経費率)

3,554,330円×0.6883=2,446,446円(昭和39年分の必要経費)

(3) 事業所得金額について

以上によれば、原告の事業所得金額は一一〇万七八八四円となり、被告税務署長の昭和三八年分の更正処分は違法でない。

三  被告国税局長に対する請求について

1  本件裁決が審査法二二条に違反するとの主張について

原告が被告国税局長に対して弁明書副本の送付方を請求したこと、これに対して同被告が副本を送ることができない旨の回答をしたことは原告と同被告との間において争いがない。

そこで、原告の右主張について判断するに、一般に審査庁が原処分庁から弁明書を提出させれば、審査庁において処分理由や事案の争点を把握し、審理を円滑に進めることができるし、審査請求人においても処分理由に対する反論を準備できるから、その意味において、原告が弁明書副本の送付を請求したことも首肯できないではない。

しかし、現行の行政不服審査制度は国民の権利救済のための制度であるとはいえ、原処分庁に対する一上級行政庁にすぎない審査庁が簡易迅速な権利救済を行なうことを目的としているものであり、しかも、その審理方式も職権主義を基調としたものであるから、審査庁において弁明書以外の資料で処分の理由や事案の争点が明確に把握できる場合にまで、原処分庁に対し弁明書の提出を求めなければならないとする必要はなく、審査手続に関して現行の国税通則法九三条の存しなかった本件裁決当時において、審査庁が原処分庁に弁明書の提出を求めるか否かは、審査庁の裁量に委ねられているというべきであり、審査法二二条の規定の文言からみても、この点は明らかである。

したがって、被告国税局長が裁量を逸脱しているとの特別の主張、立証のない本件にあっては、原告の右主張は理由がないといわなければならない。

2  本件裁決が審査法二三条に違反するとの主張について

審査法二三条は、審査請求人が弁明書に対する反論書を提出することができる旨規定しているが、本件において、被告国税局長が被告税務署長に対して弁明書の提出を求めていないことが違法でないことは先に判示したとおりであるから、同法条にもとづく反論書の提出権を侵害されたとの原告の主張は理由がない。

3  本件裁決が審査法三三条二項に違反するとの主張について

原告が被告国税局長に対し書類の閲覧を請求したこと、同被告が確定申告書、更正決定決議書、異議申立書、異議申立決定決議書の閲覧を許可したことは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によれば、被告税務署長の作成した所得調査書が本件更正処分の理由となった事実を証する書類に該当すること、しかし、右所得調査書は、当時、被告税務署長から被告国税局長に提出されていなかったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、所得調査書は本件更正処分の理由となった事実を証する書類に該当するが、被告国税局長に対して同書類が提出されていない以上、同書類に関する原告の閲覧請求権は存しないものといわなければならない。

もっとも、≪証拠省略≫によれば、所得調査書は原処分庁に保管され、審査庁の審理担当協議官が処分庁に出向いて直接閲覧する方法がとられているようであり、当該処分の理由となった事実を証する重要な書類が審査庁に提出されない取扱いには改善の余地があるかと思われるが、このことは右判断を左右するに足りるものではない。

4  本件裁決が審理不尽により違法であるとの主張について

≪証拠省略≫によれば、大阪国税局の協議官が本件更正処分の審査請求を担当し、税務調査のため原告方を二回訪れ、原告に対して帳簿の提出を求めたが応じなかったので、原告の売上先に出向いて調査し、さらに、原告の取引銀行へ赴き普通預金口座の入金状況を調査したうえ審査記録としてメモを作成したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告国税局長は、原告の審査請求に対して審理を尽くしたうえ本件裁決をしたものというべく、審理不尽の違法があるということはできない。

四  結論

よって、原告の被告らに対する各請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上田次郎 裁判官 孕石孟則 安原清蔵)

〈以下省略〉

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